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うたごえ "昭和" 喫茶 <杜甫>

JR国分寺駅南口徒歩2分の所にあるNPO法人「学びの広場」で、毎月第二日曜日(16時30分~18時30分)に開催されている「うたごえ ”昭和” 喫茶 <杜甫>」のブログです。 ただし1月と8月はお休み。                                               主催:「うたごえ”昭和”喫茶<杜甫>」世話人会

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<杜甫>の街 (その3) お鷹の道


「お鷹の道」は、国分寺駅から南西に10分程歩いた所にあります。

国分寺崖線(ハケ)の湧水を集めて、野川に注ぐ清流ぞいの道が、
いつの頃からか「お鷹の道」と呼ばれるようになり、
1972年~1973年にかけて国分寺市が整備した「遊歩道」のことです。


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「お鷹の道」は、この周辺が尾張徳川家の「御鷹場」だったことに由来します。

鷹狩りは、飼育した鷹を山野に放ち、雁などの鳥や小動物を捕らえる狩猟の方法で
日本の各地に古墳時代から伝えられている狩猟方法だそうです。

徳川家康は、鷹狩りを好み、この行使権を幕府に集中し、1604年(慶長9年)に
有力大名に対し、鷹狩りの禁止令を出しています。

すなわち、鷹狩りは将軍より許されたものだけが行えるものだったのです。

幕府は、大名に鷹場を与え、大名は鷹狩りの獲物や領国で捕らえた鷹を
将軍に献上するといった形で、鷹狩りを大名支配に利用していました。


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国分寺周辺が尾張徳川家の鷹場に組み入れられるのは
1748年(寛延元年)の事でした。

鷹場に組み入れられると村々は人夫役や様々な上納物などの負担があり、
そのうえ江戸近郊であったために幕府の鷹匠の配も受けたと言います。

「御鷹場御法度」(1679年)によれば、
鷹場の獲物の繁殖を保護することや鷹の餌になる小動物の保護、
そのために農作物を荒らす害獣でも鹿やむじなを追ってはならないとあります。
農民の飼い犬や飼い猫まで、小鳥を脅かすという理由で飼育を制限させられました。

鷹場という特権のために農民の生活が制限された歴史があったのです。


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清流沿いに歩く「御鷹の道」は、気持ちのいい散歩道です。

でも、こんな歴史に思いを馳せながら歩く「歴史散歩」もいいものです。

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