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うたごえ "昭和" 喫茶 <杜甫>

JR国分寺駅南口徒歩2分の所にあるNPO法人「学びの広場」で、毎月第二日曜日(16時30分~18時30分)に開催されている「うたごえ ”昭和” 喫茶 <杜甫>」のブログです。 ただし1月と8月はお休み。                                               主催:「うたごえ”昭和”喫茶<杜甫>」世話人会

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<杜甫>の街 国分寺 (その6)  武蔵国分寺跡


「国分寺」という地名は、言うまでもなく「武蔵国分寺」からきています。
武蔵国(むさしのくに)が誕生するのは、
7世紀の末頃~8世紀の初め頃にかけてのことです。

大化の改新(645年)で、唐の律令にならった新しい政治の方針が示され、
壬申の乱(672年)をへて中央集権化が進みます。


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701年の大宝律令の制定によって、天皇を頂点とする律令国家が成立します。
このとき、北海道を除く日本列島は、畿内と七道に分けられ、
60余の国に編成されます。
東山道に所属する武蔵国は、この時に誕生しました。

武蔵国は、現在の埼玉県のほぼ全域、隅田川以東と島しょを除く東京都、
川崎市と横浜市の大部分を占める大きな国でした。

各国は、さらに郡・里(のちの郷)に分けられます。
武蔵国は、8世紀に朝鮮半島からの渡来人を集めて新設された
高麗郡・新羅郡の2郡を含めて21郡からなっていました。


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この時の武蔵国多摩郡が、今の多摩地域の原型にあたるものでした。
国を治める役所の地は、国府と呼ばれ、
都から派遣された国司が実権を握っていました。
武蔵国・国府はいまの府中市に置かれました。

8世紀も半ばになると、政界の動揺や疫病の流行に悩まされた聖武天皇が
741年、鎮護国家の思想に頼り、全国に国分寺建立の詔を出し、
国ごとに国分寺と国分尼寺を建てることを命じます。

武蔵国分寺は、国府の北約2.5kmのところに建てられました。
今は、国分寺跡として保存されているところが、その地です。
寺の範囲は、3.5町(約356m)~4町(約436m)四方に及び、
全国最大規模を誇ったと言います。

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今では、その寺域だった北端のところに山門と
あまり大きくない本堂がありますが、往事の国分寺の偉容はありません。
境内には万葉植物園が作られており、誰でも見ることができます。

秋の散歩にここを訪れるのもいいものです。


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